特許庁委託
平成18年度産業財産権制度各国比較調査研究等事業
途上国における知的財産関連人材の
育成の在り方に関する調査研究報告書
平成1
9
年
3月
社団法人
日本国際知的財産保護協会
はじめに
本調査研究報告書は特許庁委託の平成
18
年度産業財産権制度各国比較調査研究等事業
の一環として実施した「途上国における知的財産関連人材の育成の在り方に関する調査研
究」の報告書である。
途上国における知的財産権の保護強化を通じた産業基盤の整備は、海外からの投資拡大
による途上国における経済発展のみならず、世界規模の経済発展に寄与し、極めて重要な
役割を担うようになっている。このため、円滑な貿易・投資環境の整備を行ううえで、知
的財産制度を運用する有能な人材の育成、その制度を着実に運用する体制の整備が急務と
なっている。
我が国特許庁も、上記現状を踏まえ、知的財産制度の円滑な運用に資する人材の育成を
目的とし、途上国における知的財産権制度に携わる者の育成を目的に招聘型の研修を中心
とした「産業財産権人材育成協力事業」を実施してきているところである。この研修では
1996
年
4
月から
2006
年
6
月までに、主にアジア太平洋地域の
42
か国1地域から官民会
わせて
2,287
名の研修生を受入れた実績がある。
他方、昨今のグローバルなレベルで知財に対する関心の高まりや、国際的な権利の出願
の増加等を背景に、欧米及び中国・韓国といった他の主要国においても、途上国の制度・
運用をより自国のそれと親和性の高いものとすべく、
途上国に向けた研修を強化しており、
我が国としても、途上国にとってより魅力的で有意義な研修を提供するのみならず、我が
国産業界へのより一層の裨益という視点も必要となってきている。
本調査研究は、途上国人材育成事業が開始されてから約
10
年が経ったことを一つの契
機に、今後、より効果的な人材育成事業を展開するため、途上国知財庁の近代化の進行、
より具体化、多岐化する途上国知財庁のニーズ、及び海外知財庁の実施する途上国研修の
内容等を踏まえつつ、これまでの事業の評価と今後の事業への提言を行うことを目的とし
ている。
本調査研究を進めるにあたってご協力を頂いた、企業、団体、法律事務所の方々に、こ
の場を借りて御礼を申し上げる。なお、本報告書は当協会の責任において作成されたもの
であり、日本政府、経済産業省あるいは特許庁の見解と立場を直接に反映するものではな
いことを付記する。
平成1
9
年
3
月
社団法人
日本国際知的財産保護協会
国際法制研究室
主任研究員
加島
慎治
室
員
岩井
誠二
「途上国における知的財産関連人材の育成の在り方に関する委員会」
委員会名簿
委
員
長
久保
次三
鹿児島大学法科大学院
教授
委
員
畔上
隆治
東芝テクノセンター株式会社
知的財産本部長
(五十音順)
内田
晴久
東海大学教養学部
教授
大川
晃
エテルナ国際特許事務所
弁理士
黒瀬
雅志
協和特許法律事務所
弁理士
萩原
恒昭
凸版印刷株式会社
法務本部長
橋本
良郎
鈴榮特許綜合事務所
弁理士
村木
清司
松原・村木国際特許事務所
弁理士
森
修俊
日本知的財産協会
常務理事
目
次
はじめに
途上国における知的財産関連人材の育成の在り方に関する委員会名簿
Ⅰ.評価の対象となる人材育成事業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
Ⅱ.当該事業の評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
1
.事業評価のために収集したアンケート等のデータ
5
2
.長期的な観点からの評価方法と評価
7
3
.短期的な観点からの評価方法と評価
15
4
.総合的な評価と今後の事業評価について
16
Ⅲ.これまでの研修の成果を踏まえて、今後検討すべき事項・・・・・・・・・
18
Ⅳ.先進国の途上国研修実態調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
22
1
.国際機関
22
1-1
.世界知的所有権機関(
WIPO
)
22
1-2
.世界貿易機関(
WTO
)
26
1-3
.国連貿易開発会議(
UNCTAD
)
28
1-4
.経済協力開発機構(
OECD
)
28
2
.欧州
28
3
.英国
39
4
.米国
40
5
.オーストラリア
43
6
.韓国
44
7
.その他諸国
46
7-1
.フランス
46
7-2
.ドイツ
47
7-3
.中国
47
I
.評価の対象となる人材育成事業
1995
年
1
月
1
日、
GATT
(ガット)ウルグアイ・ラウンドが合意に至り、世界貿易機関
(
World Trade Organization
、略称
WTO
)を設立するマラケシュ宣言がだされた。
WTO
は、
それまでの
GATT
が関税のみに特化した協定であったものと比べて、
物品の貿易にと
どまらず金融、情報通信、知的財産権やサービス貿易も含めた国際通商ルールを交渉する
場となった。
マ ラ ケ ッ シ ュ 宣 言 の 付 属 文 章 1
C
は 知 的 財 産 権 の 貿 易 関 連 の 側 面 に 関 す る 協 定
(
Agreements on Trade-Related Aspect of Intellectual Property Rights
、略称
TRIPS
協
定)と呼ばれており、この協定により
WTO
加盟国の全ては、知的財産を保護することを
可能な国内制度の整備を義務付けられている他、先進加盟国に対しては開発途上国や後発
開発途上国の国内制度整備のための技術援助や資金協力を行うことを義務付けられている。
TRIPS
協定第
67
条:この協定の実施を促進するため、先進加盟国は、開発途上加盟国
及び後発開発途上加盟国のために、要請に応じ、かつ、相互に合意した条件により、技
術協力及び資金協力を提供する。その協力には、知的所有権の保護及び行使並びにその
濫用の防止に関する法令の準備についての支援並びにこれらの事項に関連する国内の事
務所及び機関の設立又は強化についての支援(人材の養成を含む)を含む。
このような背景から我が国も開発途上国や後発開発途上国に対して種々の協力を行って
いるが、
今回評価の対象となっている
「産業財産権人材育成協力事業」
もこの一環である。
なお、この「産業財産権人材育成協力事業」は、特許庁が社団法人発明協会アジア太平洋
工業所有権センター(
APIC
)および財団法人海外技術者研修協会(
AOTS
)に委託してい
る部分と、
独立行政法人国際協力機構
(
JICA
)
その関連の財団法人日本国際協力センター
(
JICE
)
の協力要請にしたがって、
特許庁および
APIC
が実施している部分がある。
これ
らの事業の概要を以下に示した。
1.
Japan Patent Office / IPR Training Course
(主に民間部門の専門家を対象とする研
修:アジア太平洋地域内諸国で、日本と経済関係の強い中国、タイ、マレーシア、イ
ンドネシア、フィリピン、ベトナム、メキシコ、インド等)
A.
Course for Lawyers
(複数の国の弁理士、弁護士、企業内弁理士・弁護士
(
知的財
産管理者
)
、裁判官、検察官等を対象とし、侵害訴訟事例等を通じ、法律家として
の知的財産に関連する専門能力の向上をはかる3週間のコース、英語、
18
名
/
年、
今年度の招聘国:
Cambodia1, Chile1, China4, India1, Indonesia2, Malaysia2,
Mexico1, Philippines2, Thailand2, Viet Nam2
)
1B.
Course for IP Trainers
(複数の国の大学教授、知的財産関連団体の講師等を対象
とし、
知的財産知識の向上を図るとともに知的財産の普及・啓発活動の効果的手法
について考察する3週間のコース、
英語、
17
名
/
年、
今年度の招聘国:
Cambodia1,
China2, India2, Indonesia2, Laos1, Malaysia2, Myanmar1, Philippines2,
Thailand2, Viet Nam2
)
C.
Course for Advanced IP Practitioners
(複数の国の弁理士、弁護士、組織内の知
的財産実務者、
知的財産コンサルタント等を対象とし、
特許実務等に必要な事項の
講義
・
討論を通じ、
実務家に必要な専門能力の向上をはかる3週間のコース、
英語、
16
名
/
年、
今年度の招聘国:
China2, India2, Indonesia3, Malaysia3, Philippines2,
Thailand2, Viet Nam2
)
D.
Course for Advanced IP Practitioners working at Japanese Firm
(複数の国の日
系企業に勤務する弁理士、
知的財産弁護士、
知的財産コンサルタント、
知的財産実
務担当者を対象とし、企業における知的財産管理手法、国際条約、知的財産法、特
許・商標出願等の講義・討論等を通じて知的財産に関する専門能力を高める3週間
のコース、英語、
12
名
/
年、今年度の招聘国:
India2, Indonesia2, Malaysia2,
Philippines2, Thailand2, Viet Nam2
)
E.
Course for Chinese IP Practitioners
(中華人民共和国の弁護士、弁理士、組織内
の知的財産実務者及び知的財産コンサルタント等を対象に企業等における知的財
産戦略、知的財産管理、出願実務、侵害、ライセンシング等の講義・討論を通じ、
知的財産について理解を深め専門能力の向上をはかる3週間のコース、
中国語、
16
名
/
年、
China16
)
F.
Course for Patent Experts
(複数の国の弁理士、弁護士、組織内の実務者、知的
財産コンサルタントを対象とし、
特に特許実務についての理解を深め、
専門能力を
高める3週間のコース、英語、
15
名
/
年、今年度の招聘国:
China2, India2,
Indonesia2, Malaysia3, Philippines2, Thailand2, Viet Nam2
)
2.
WIPO Funds-in-Trust/Japan Training Course
(政府職員を対象とする研修コー
ス:国連アジア太平洋経済社会委員会(
ESCAP
)地域の
WIPO
加盟国)
A.
Course on the Enforcement of Intellectual Property Rights
(複数の国の裁判官、
検察官、
警察、
税関職員を対象に法執行に関する専門能力の向上をはかる
2
週間の
コース、英語、
20
名
/
年、今年度の招聘国:
China, India, Indonesia, Malaysia,
Mongolia, Pakistan, Philippines, Sri Lanka, Thailand and Viet Nam
)
B.
Course on the Use of Information Technology in Industrial Property
Administration
(複数の国の情報管理担当官、技術担当官を対象に知的財産行政
における情報化に関する専門能力の向上をはかる
2
週間のコース、
英語、
18
名
/
年、
今年度の招聘国:
China, India, Indonesia, Lao People's Democratic Republic,
Malaysia, Philippines, Sri Lanka, Thailand and Viet Nam
)
C.
Course on the Examination Practices of Industrial Property
(複数の国の審査官
を対象に、特許、意匠、商標のグループ別研修により審査能力の向上をはかる
3
週間のコース、英語)
D.
Course on the Administration of Intellectual Property Rights
(複数の国の行政
官、
登録官を対象に知的財産に関する行政能力の向上をはかる
3
週間のコース、
英
語)
A.
Intellectual Property Rights
(中華人民共和国のみを対象とした、
日本における特
許・商標の審査基準および基本的な考え方について理解を深め、
日本における特許
審判制度とその実際の運用および審決取消制度、
知的財産に関する司法制度につい
て知見を深める
1
週間のコース、中国語、
5
名
/
年)
B.
Training Course in Intellectual Property for APEC Economies
(
APEC
加盟諸国
の知的財産権庁の審査官に対してはグループ別研修を通じて審査能力の向上をは
かる。
同じく行政官に対しては、
特に知的財産の普及啓発に力点を置いた研修を行
う
5
週間のコース、英語、
20
名
/
年)
C.
IP Enforcement Workshop for Indonesian Officials
(インドネシア知財庁の審判
委員会委員及び裁判官、
検察官等を対象に知的財産に関する専門能力の向上をはか
る
2
週間のコース、インドネシア語、
20
名
/
年)
◎
1996
年
4
月から
2006
年
3
月までの国別招聘実績
Others
に含まれる国々:
アジア太平洋諸国
:
Albania
、
Bangladesh
、
Bhutan
、
Cambodia
、
Colombia
、
Iran
、
Myanmar
、
Nepal
、
Papua New Guinea
、
Sri Lanka
、
Fiji
、
Kyrgyzstan
、
Oman
、
Pakistan
、
Saudi
Arabia
、
Turkey
中南米諸国:
Brazil
、
Chile
、
Cuba
、
Peru
、
Paraguay
、
Uruguay
欧州諸国:
Bulgaria
、
Estonia
、
Latvia
、
Lithuania
、
Slovakia
アフリカ諸国:
Egypt
、
Kenya
、
Morocco
、
Zimbabwe
途上国研修生受入数 (国別)
L ao, 29, 1%
Ot hers, 230, 10%
Mongolia, 30, 1%
Mexic o, 39, 2%
K orea, 75, 3%
India, 79, 3%
Malaysia, 216, 9%
T hailand, 332, 15%
Indonesia, 338, 15%
V iet Nam, 231, 10%
P hilippines, 250, 11%
C hina, 404, 19% T aiwan, 34, 1%
途上国研修受入数
2287名
1996.4∼2006.3
◎
招聘機関別途上国研修生受入れ数
機関名
人数
比率
知的財産庁・政府機関・大学
983
名
43
%
特許・法律事務所・民間企業・非政府機関
1,304
名
57
%
合計
2287
名
◎
人材育成協力事業の流れ
Ⅱ
.
当該事業の評価
1.
事業評価のために収集したアンケート等のデータ
(1)
各国知財庁向けアンケート
2対象:平成
8
年
4
月から平成
18
年
3
月までに研修生の招聘実績のある
42
ヶ国・
1
地域
の知財庁長官宛(
Director General
)で発送。合計
44
通
3実施時期:平成
18
年
10
月下旬より発送開始
実施方法:①
(英文アンケート添付)にて依頼
②
同時に国際スピード郵便(
EMS
)に
CD-ROM
を同封して送付
③
上記にて連絡・回答ない場合には
FAX
等にて再依頼
集計結果:回答
25
ヶ国(
99
名
4)
(
3
月
12
日現在)
回答率:
58
%(研修生の招聘数ベースでは回答率
1997/2287
=
87
%)
(2)
各国代理人向けアンケート
5対象:平成
8
年
4
月から平成
18
年
3
月までに研修生の招聘実績のある
42
ヶ国・
1
地域
の知的財産代理人
6へ各1通。合計
43
通。
実施時期:平成
18
年
10
月下旬より発送開始
実施方法:①
(英文アンケート添付)にて依頼
②
上記にて連絡・回答ない場合には
FAX
にて再依頼
集計結果:回答
24
ヶ国(
59
名
7)
(
3
月
12
日現在)
回答率:
56
%(研修生の招聘数ベースでは回答率
1794/2287
=
78
%)
(3)
各国同窓会向けアンケート
8対象:現在組織が結成されている
5
同窓会(タイ、フィリピン、マレーシア、インドネ
シア、インド)の
president
宛。合計
6
通
9。
実施時期:平成
18
年
10
月下旬より発送開始
実施方法:①
(英文アンケート添付)にて依頼
②
上記にて連絡・回答ない場合には
FAX
にて再依頼
集計結果:回答
3
ヶ国(
3
月
12
日現在)
(4)
日本弁理士会アジア部会向けアンケート
102 資料編 表1(51頁)に一覧表として添付した。
3 中国については国家知識産権局長宛および商標局長宛のそれぞれへ発送
4 各国知財庁のうち、複数の回答を寄せた国があるため人数は多い。特にインドネシアは35名で突出。
5 資料編 表2(55頁)に一覧表として添付した。
6 AIPPIの各国部会が創設されている国では部会長に、個人会員のみが登録されている国では個人会員から選 択、その他の国では各種データベースより代理人を選択
7 一事務所で複数の回答を寄せた国がある。特に中国は37名がアンケートに応じた 8 資料編 表3(59頁)に一覧表として添付した。
対象:日本弁理士会アジア部会に所属する弁理士で本事業の講師を経験された方
実施時期:平成
18
年
10
月下旬に実施
実施方法:日本弁理士会アジア部会に取りまとめを依頼
集計結果:回答数7名
(5)
人材育成事業の講師向けアンケート
11対象:当該事業の講師のうち、直近
3
年間で講師を
1
∼
2
回経験された方(
46
名)
実施時期:平成
18
年
11
月中旬より発送開始
実施方法:①
(英文アンケート添付)にて依頼
②
講師リストで電子メールアドレスのない方には
FAX
で依頼
集計結果:回答数
16
名(
3
月
12
日現在)
(6)
人材育成事業の講師向けヒアリング
12対象:
APIC
に講師登録された方で経験回数の多い方
8名
実施時期:平成
18
年
11
月中旬に実施
実施方法:面談
(7) APIC
実施のアンケート
実施団体での一つである
APIC
が実施した以下のアンケート等についても、事業評価の
ために活用した。
①
研修生及び其の所属機関上司等に対するアンケートなど
13。
・平成
8
年
4
月から平成
11
年
11
月までに招聘した研修生官民約
800
名およびその所
属先機関の長または上司に対して、
平成
11
年
10
月に実施したアンケート
(回答数
:
研修修了者
164
件、所属先機関
42
件)
・カンボジア、中国(特許・商標)
、インドネシア、ラオス、フィリピン、タイ、ベ
トナム知的財産庁に対して、平成
15
年秋に実施したアンケート(回答数
8
)
・カンボジア、中国(特許・商標)
、インドネシア、ラオス、フィリピン、タイ、ベ
トナムから招聘した研修生に対して、平成
15
年秋に実施したアンケート(回答数
246
)
・平成
8
年
4
月から平成
17
年
3
月までに招聘した研修生官民
1995
名に対して、平
成
17
年
3
月に実施したアンケート(回答数:
67
件)
・平成
17
年度に招聘した日系企業所属の研修参加者について、その上司に対して平
成
17
年度の末に実施したアンケート
14②
研修終了時に研修生及び研修の講師に対して行った評価会のまとめ
15・
Japan Patent Office / IPR Training Course
(6コース、全
78
名)
・
WIPO Funds-in-Trust/Japan Training Course
(
4
コース、全
50
名)
2.
長期的な観点からの評価方法と評価
(1)
一般的に使用される評価方法と当該事業
長期間にわたる事業の評価を行う場合、長期的な観点からの評価と短期的な観点からの
評価を併用して行うことが一般的である。長期的な観点からの事業評価を行う場合には評
価する方法については、当該事業で掲げた主目的および副次的な目的に対しての達成度を
測るなどの方法が用いられている。この場合、事業開始の段階で主目的および副次的な目
的に対しての到達目標値やあるべき姿が定められている場合には、これらの実現度合いで
評価することとなる。
これに対して、今回評価すべき「知的財産関連人材育成事業」の目的設定や基本姿勢は
明確にされてはいるが、これらの事項は到達目標値やあるべき姿を設定することは困難で
あって、事業評価時には改めて目標値を仮定するか、事業の実施によってもたらされた事
実を総合して評価を実施する必要がある。本件に関しては当該事業の実施団体である
JICA
や
AOTS
からも、当該事業が掲げている目的や基本姿勢(副次的な目的)では総合
的に効果を上げるためには、法制度や運用の改善を伴わなければ達成できない項目が数多
く、直接的には事業の評価を実施することが困難であるとの指摘がなされている
16。
当該事業の目的:
『途上国における知的財産保護強化のための人材育成協力』
18
年度の基本姿勢:
『模倣品問題対策を重視した研修の推進』
『知的財産権の普及啓発を重視した研修の推進』
『審査官能力向上を重視した研修の推進』
『出願人のメリットを重視した研修の推進』
『専門性を重視した研修の推進』
参考)目的および基本姿勢は明確になっているが、研修の成果として望まれる状態が明
確にされていない。たとえば審査官の能力を向上させるために研修が大きな役割を果た
すことは否定できないが、最終的に審査官の能力が向上されたと認められるためには、
研修に加えてそれぞれの審査環境の改善も必須であり、なおかつ環境の改善のほうがよ
り大きな比重を占めている場合もあると思われる。また、模倣品問題対策を重視した研
修を実施したからといって、直ちに当該国の模倣品摘発件数等に大きな変化が認められ
ることはありえないと思われる。
このような環境下で事業の評価を行うためには、改めて、事業の目的に合った方向で何
らかの改善が行われた、知的財産保護強化につながる基礎的な事項が認められるか、周辺
の事項や全体的に知識レベルの底上げが図られているか等や諸外国の知的財産関連の職業
に携わる人に、
「日本に親近感を感ずる」
人が増加している等、
評価のための設問を設けて、
これに対する評価することが適当と考えられる。
(2)
当該事業の評価項目と実評価
収集した情報を解析して評価を行った。
A.
研修対象国の希望との整合性、研修の効率性、研修の効果等
①
開発途上国における本研修の知名度は高いか。
本課題を調べるため、我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地域の知的財産
庁および当該国の知的財産の代理人に対して当該研修の知名度を調査した
17。
その結果、
単純平均で知的財産庁からの回答の
95
%が、そして代理人からの回答の
50
%が、そし
て研修生の招聘数に基づいて加重平均
18とすると、
知的財産庁の
99.
7%が、
そして代理
人の
92
%が当該研修を認知しているという結果が得られた。
研修生の派遣を担当してい
る知的財産庁での知名度が高いことは当然とも思えるが、知的財産権の取得・保護・活
用に係る民間人の中でも本研修の知名度がかなり高いという結果となった。
但し、これまでの研修生の招聘人数の少ないジンバブエの知的財産庁からは「このプ
ログラムは他国と比べて大変有益で教育的であると考えられるが、ジンバブエからは誰
も参加していないようである」との回答があり、招聘人数の少ない官庁に対しては認知
度が低い国もある
19。
②
実施している研修は対象国のニーズから乖離していないか。
①で示した我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地域の知的財産庁および当
該国の知的
財産の代理
人に対する
アンケート
では「研修
で受講した
内容が帰国
後の仕事に
役立ってい
るか」という設問を設けている。この設問に対する解答の全てが「役立っている」
、
「多
少役立っている」
、
「間接的に役立っている」であり、あまり役立っていないという回答
17 表1(資料編51頁)各国知的財産所管官庁向けアンケート及び表2(資料編55頁)諸外国知的財産代理 人向けアンケート参照。ここで、諸外国知的財産代理人とは研修生の招聘実績のある43の国・地域のなかで、
AIPPIの各国部会が創設されている国では部会長に、個人会員のみが登録されている国では個人会員から選
択して、そして、個人会員も存在しない国では、各種データベースで調べた代理人を選択して行ったアンケー
トであり、当該国の知財庁を除く関連の人々の間での知名度を調べるとの位置づけがある。
18 知名度を調べる場合、単純平均では招聘実績の多い国と少ない国の回答を同等に扱うこととなるので、工
夫が必要であろうとの意見が委員会において出され、単純平均と比較する意味も含めて、研修生の招聘実績に
基づく加重平均も算出した。
19 招聘人数が比較的少ないIP庁の内、ブラジル、エストニア、ケニア、ラトビア、スロバキア、バングラデ
シュ、トルコ、キューバでは当該研修が認知されており、当該研修で自国からの招聘者がいることを知らない
と答えた国はアルバニア、キルギスタン、リトアニアおよびジンバブエである。この中でジンバブエからの招
聘者は政府機関の人間であり、IP庁の方ではない。
グラフ1.仕事に役立っているか(IP庁)
76% 17%
7% 0%
役立っている
多少役立ってい
る
間接的に役立っ ている
あまり役立ってい
ない
グラフ2.仕事に役立っているか(代理人)
79% 21%
0%
0%
役立っている
多少役立ってい る
間接的に役立っ ている
あまり役立ってい
は皆無であったことから、当該研修の内容は対象国のニーズに整合したものとなってい
ると考えられる。
加えて、
APIC
が平成
15
年の秋に
7
カ国の知的財産庁および受入れ研修生に対して行
ったアンケート
20でも「今後も研修に参加させたいか」という設問に対して、知的財産
庁では全てが、
受入れ研修生では大多数が、
今後の研修への参加を希望していたことや、
毎回の招聘応募数が招聘予数を上回っており、書類選考によって予定数に絞っている
21との事実も、当該研修は対象国のニーズから乖離していないと判断してよい材料である
と思われる
③
研修で受講した内容は帰国後の仕事に役に立っているか。
②で示したように、上記①で示した我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地
域の知的財産庁および当該国の知的財産の代理人に対するアンケートでは「研修で受講
した内容が帰国後の仕事に役立っているか」という設問に対する知的財産庁からの回答
も代理人からの回答も
「役立っている」
、
「多少役立っている」
、
「間接的に役立っている」
が選択されており、あまり役立っていないという回答は皆無であることから、本研修で
の得られたことが直接的、間接的に帰国後の仕事に役立っているという結果である。
この傾向は今回実施した研修の講師向けアンケート・ヒアリング
22でも各講師は自ら
が担当した講義の内容が、
「日常業務を遂行する上で貢献していると考える」または「一
般的な知的財産知識を向上するために役立っている」と回答しており、
同様の結果といえ
る。
また、
APIC
が平成
11
年
10
月に研修生官民約
800
名およびその所属先機関の長また
は上司に対して実施したアンケート
23でも「日本での研修は現在の仕事に活かされてい
るか」という問いに対して、全ての回答が「活かされている」又は「多少活かされてい
る」であり、さらに
98
%の回答が「講義内容は期待通り」との回答となっている。
④
研修の受講生は帰国後の職場で活躍しているか。
上記①で示した、我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地域の知的財産庁お
よび当該国の知的財産の代理人に対するアンケートでは、研修生が帰国後の職場で具体
的にどのような活躍をしているかを調べるため、研修で得られた知識がどのような場面
で役立っているかについての設問を設けている。
知的財産庁に対するアンケートでは
「知
的財産制度を発展させるための日本の経験や努力が自国の制度発展にも応用できる」
、
「日本のシステムを学んだことにより、自国のシステム構築に役に立っている」の選択
が多い結果となった。また、代理人に対するアンケートでは「国際的な知的財産法制度
20 表7(資料編69頁)APICが実施した卒業生および派遣官庁向けアンケート結果参照。 21 第一回委員会におけるAPICからの説明。
22 表4(資料編61頁)日本弁理士会アジア部会から派遣の講師に対するアンケート、表5(資料編63頁)
APICに講師登録された方で比較的講師の経験の少ない方に対するアンケート集計表、表6.(資料編67頁)
APIC研修事業講師の内、講師の経験回数が多い方向けのヒアリング結果参照。
を学び、
PCT
出願する際に役に立っている」
、
「出願人に対して事業展開に有利な権利取
得や助言ができる動機付けになった」および「国際的視野で考えることができ自国の法
制度改正に貢献することができた」を選択した方が多く、いずれの場面でも、帰国後の
研修生の活躍が感じられる回答となっている。
なお、選択肢以外で自由回答も求めているが、その中には「裁判官として紛争を終結
させる場合や判決を下す場合に、
研修を直接的に適用している。
」
、
「他国の文化やその重
要性を理解するのに日本文化は役に立っている」
、
「日本の制度から学んだことは、上司
に新しい方法や知識を提言する時や何か問題を解決する時に非常に良いモデルになる」
、
「日本滞在の6ヶ月間で得られた人間関係が、帰国後の仕事に役立っている」
、
「日本と
他の参加国の法律と比較研究はアセアン諸国の知的財産権法のより良い理解を得るのに
好適であり、それらの経験のいくつかは自国での知的財産権法改正に対する議会作に役
立った」等の回答が認められ、開発途上国の知財制度の改革・運用に貢献していると考
えられる。
また、研修の効果として帰国後の研修生に変化が認められたかという設問では、知的
財産庁および代理人とも「研修を経験したことにより、さらに新しい知識を得ようとす
る意欲が生まれた」又は「知的財産全般に関してグローバルな見方ができるようになっ
た」を選択した方が多い結果となった。
さらに
APIC
が平成
17
年に実施した研修生の上司向け
(日系企業のみ)
アンケート
24で
も、
「会社で知財部門の果たす役割を従来以上に認識するようになった」
、
「商標権侵害を
見つけ、その対応を担当している。日本法を学び、担当業務のレベルアップが図れた」
、
「体系的に知識を習得し、幅広い視野で業務遂行が可能となった」
、
「日本と他国の知財
が比較できるようになり実務に役立っている」
、
「モチベーションがあがり、研修前より
業務に意欲的に取り組むようになった」というように研修に対して好感を持っているこ
とを感じさせる回答が得られている。
24 表8(資料編70頁)平成17年度日系企業所属研修参加者の上司宛アンケート参照
%
グラフ4.役に立っている具体例(代理人)
複数回答
/ 日本の知的財産に関する法律や判例の知識を得て、訴訟する
場合に役立っている
法制度改正に貢献
訴訟
明細書、出願手続き
国際ライセンス
IPR保護の重要性
その他
PCT出願
有利な権利取得や助言
/ 国際的な知的財産制度を学び、PCT出願する際に役に立っている
/ 出願に対して有利な権利取得や助言ができる動機付けになった
/ 国際的視野で考えることが自国の制度改正に貢献することができた
/ 明細書作成や出願手続きなどの基礎的な知識が活かされている
/ 国際的なライセンスを締結する際に役立っている
/ 直接的な仕事ではないが、知的財産保護の重要性が理解でき、仕
事 の励みになっている
/ その他
⑤
研修で受講した内容が帰国後の職場で共有されているか。
上記の④で示した、研修の効果として帰国後の研修生に変化が認められたかという設
問では、
上述の回答に加えて、
「研修で得られた知識が日常の業務の中で生かされている」
、
「部下の指導を含め、出願処理や出願人との対応スピード向上に貢献している」なども
比較的多く選択されており、上記の選択肢とあわせて研修で得られた知見を職場全体で
活かしているような感触が得られた。
同様に④で示した、
APIC
が平成
17
年に実施した研修生の上司向け(日系企業のみ)
アンケートの回答中でも
「部署内で研修参加報告会をしたので、
部署内の知識が増えた」
、
「向上心が上がる等他の現地人スタッフに好影響を与え、日本人経営者にとっても有難
い」などの回答もあり、職場全体に対する好影響を与えていることが伺われた。
⑥
研修で受講した内容を基に、新たな業務の開発につなげられているか。
上記④⑤参照。我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地域の知的財産庁およ
グラフ6.研修後に何か変化があったか(代理人)
0 20 40 60
研修を経験したことにより、さらに新しい知識を得ようとする意欲が生まれた
知的財産全般に関してグローバルな見方ができるようになった
研修で得られた知識が日常の業務の中で生かされている
部下の指導も含め、出願処理や出願人との対応スピード向上に貢献
人的ネットワークを活用することが多くなった
具体的に表すのは困難であるが、何か変わったような気がする
帰国後は組織内でも親日派とみなされている
その他
新しい知識への意欲
グローバルな見方
知識を日常業務に生かす
スピード向上
人的ネットワーク
何か変わった
親日派
その他
複数回答%
日本のクライアントとの事務連携がスムースになった 事務連携がスムース
グラフ5.研修後に何か変化があったか(官庁)
0 20 40 60 80
複数回答%
帰国後は組織内でも親日派とみなされている
研修を経験したことにより、さらに新しい知識を得ようとする意欲が生まれた
知的財産全般に関してグローバルな見方ができるようになった
知的財産保護の重要性を社会全般に広める必要があることを主張し始めた
自国の制度の改正や運用の改革に貢献している
人的ネットワークを活用することが多くなった
具体的に表すのは困難であるが、何か変わったような気がする
部下の指導も含め、審査や出願処理スピード向上に貢献している
その他
研修で得られた知識が日常の業務の中で生かされている
新しい知識への意欲
グローバルな見方
知識を日常業務に生かす
IPR保護の重要性自覚
制度・運用改正
人的ネットワーク
何か変わった
スピード向上
び当該国の知的財産の代理人に対するアンケートの回答の中で得られたコメントの中に、
「日本の制度から学んだことは、上司に新しい方法や知識を提言する時や何か問題を解
決する時に非常に良いモデルになる」
、
「知的財産制度を発展させるための日本の経験や
努力が自国の制度発展にも応用できる」
、
「諸外国のエンフォースメント対策が自国での
対策提案に役に立っている」及び「日本のシステムを学んだことにより、自国のシステ
ム構築に役に立っている」などの回答は新たな業務の開発につながっていることが示唆
されている。
この点については
APIC
が実施した平成
11
年に実施したアンケートにおいて、政府
事例として法改正案作成。実体審査手続きの改善。法改正への意見書提出等の新規業務
への従事が語られており、また、民間事例として知的財産の社内ネットワークシステム
を構築した等の例があることからも肯ける。これらの回答を総合すると、本研修ので得
られた知見が開発途上国または後発開発途上国の知的財産制度の整備に貢献し、権利行
使の環境整備にもつながっている様子が伺える。
⑦
研修で受講したことの全体として、知的財産保護の重要性を普及することにつなが
っているか。
上記
A.
④⑤参照。前述の我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地域の知的財
産庁および当該国の知的財産の代理人に対するアンケートの自由記述欄では「参加者た
ちは日本の知財システムを見聞きすることを通じて、彼らの組織での知見と比べてより
多くの知識を学んだ。さらに、知的財産の啓蒙、開発、及び向上について日本から多く
を学ぶことが出来た。
彼らは知的財産の保護について目覚め、
意識付けがなされた」
、
「彼
らは自国の経済発展における知的財産の価値と重要性を学んだ」
との記載も認められた。
加えて、
「
JPO
の研修に以前参加したものが講師として招聘され、
各国法に関する見解、
知財分野での経験等を講演することがある」との実例も示されており、国民に広く知的
財産保護の重要性を普及啓蒙していくことにつながっていると判断される。
さらに、
JICA
ベースの研修生が書いたアクションプラン
25でも知的財産保護の普及啓
蒙についてのプランが多く、特にタイ、インドネシア、およびメキシコの研修生からは
さらに具体化されたプランが提出され、
JICA
の資金的な援助が開始されると予定であ
ることからも裏付けられる。
⑧
他国の実施する途上国研修と比較して、より効果的なものとなっているか?
この設問に対して上記①に示した、我が国への研修生の派遣実績のある
43
の国・地
域の知的財産庁に対するアンケートではプログラムが異なるので一概に判断できないと
しながらも、
「テキスト、講師、
運営共により優れている」
、
「フォロウアップがより充実
している」との回答が得られた。この解答は当該国の知的財産の代理人に対するアンケ
ートでも同様の結果を得ている。
また、この設問についての自由記述欄には「日本のプログラムは西洋人には大変興味
がある。アジア太平洋経済においてリーディング国の文化や法制度を垣間見ることがで
きる」との回答もあり、特に遠くの国からの参加者が日本の法制度の発展に興味を示し
ていた様子が伺える。さらに、代理人に対するアンケートの自由記述欄では「多くの工
場や法律事務所および知的財産に関係した団体への訪問を含む、日本のプログラムある
いはカリキュラムは参加者たちが、知的財産が実際的な局面からどのように機能してい
るかを見ることができるよう用意されている」
、
「講義の後でしばしば開かれたレセプシ
ョンは参加者が日本のビジネスマンや知的財産の専門家との意見交換を可能にした。こ
れらの経験は講義の部屋では得ることが出来ない重要で貴重な体験であった」
のように、
日本の研修のカリキュラム構成をほめたものや、研修の合間に準備されたレセプション
等についても評価する回答が得られている。
⑨
各知財庁、知的財産関連社会/組織内に親日派が増えたか?
今回の調査に当たって実施した、知的財産庁および知的財産の代理人に対するアンケ
ートでは、アンケートの発信に対して、比較的早いタイミングで回答が寄せられたり、
アンケートの回答を作成するので若干の時間がほしいとの連絡を寄せたりする例が認め
られた。これらの対応状況については日本に対してシンパシーを感じている人の対応で
はないかと考えられる。また、今回本調査と同時期に
AIPPI
−
JAPAN
ではインドにお
いて現地調査を実施していたが、ニューデリー及びコルカタの特許庁では日本の研修を
経験した人々が集まって、歓迎してくれたこともあり、比較的に多い人数を招聘した実
績のある国では、日本にシンパシーを感じている人が多くいるとの感触をつかめた。し
かしながら、一方では、上述のアンケートにおいて、日本がそのような研修を実施して
いることを知らなかったとの回答もあり、招聘実績の少ない国のいくつかでは日本に対
する評価が定まっていないのではないかと感じられた。
B.
研修の波及効果、その他の効果
①
研修を受講したことが、帰国後の国内での業務およびその他の活動に役立っている
グラフ7.日本の研修プログラムの特徴
0 5 10 15
テキスト、講師、運営ともより優れている
フォローアップがより充実している
フォローアップが不足している
自分が受けたいと思うコースがない
テキスト、講師、運営ともにより劣っている
特にコメントはない
プログラムが違うので一概に言えない